10月企画:姫川亜弓と「百合」・レズビアンについて しー🌃

☆本記事は、10月企画の「好きな漫画やアニメについてジェンダー・セクシュアリティの視点からエッセイを書く」note記事を移行したものです。

0　はじめに

本稿は一応真面目に書いていますが、姫川亜弓を推すオタクの戯言みたいなものも散見される可能性が大です。真面目な感じのやつを期待してこのページを開いた方はごめんなさい。先に謝っておきます。

1　ガラスの仮面について

北島マヤは、貧乏な母子家庭に産まれたごく普通の13歳。しかし、公園で子どもたちにお芝居を見せていたところを往年の大女優月影千草に発見され、以来役者としての道を歩むことになる…。天才美少女子役として持て囃されていた姫川亜弓は、地味で凡庸な見た目のために、役者としてはほとんどの人からバカにされがちなマヤの真の実力を早くから見抜いている数少ない一人である。そんな素晴らしきライバル・姫川亜弓と、幻の演目『紅天女』の主演を巡って競い合いつつも、成長していくマヤの物語である。

2　姫川亜弓について　北島マヤへの執着

まず、姫川亜弓に関する私の個人的な気持ちを言わせてもらえば、「亜弓さん……！！！😭😭😭😭」「好き！！！！！」「姫川亜弓、最高〜〜〜〜〜！！！！！！！！！」につきる。

姫川亜弓は最高な女だ。上記にもあるとおり姫川亜弓は北島マヤの素晴らしきライバルであり、二人はお互いを強く意識しあっている。幻の演目、紅天女の主役の座を奪い合う「運命のライバル」として…。

姫川亜弓のビジュアルは古典的な「お嬢様」キャラで、意思の強そうな瞳に、キリッと釣り上がった眼尻を持つ。そんな彼女の姿を一見し、「これは主人公のトウシューズに画鋲を入れる、意地悪なキャラなのではないか…？」と疑ってしまう人もいるかもしれない。

しかし、姫川亜弓は違うのだ。彼女は決して、断じて、トゥシューズに画鋲を入れたり、主人公に大おば様のアクセサリー盗みの濡れ衣を着せたりするような、お粗末なお嬢様キャラなどではない。

むしろ、姫川亜弓は、誇り高き心を持ち、誰よりも主人公のことを愛する存在なのだと言っていい。

その証拠となるエピソードの一つを紹介しよう。

（姫川亜弓の最高エピソードあらすじ）北島マヤは、大河ドラマ「天の輝き」沙聡子役に加え演劇「シャングリラ」の主演の座を掴んでおり、芸能界で最も活躍する俳優の一人になりつつあった。しかし、九州の天才演劇少女・乙部のりえの策略にハマり、役を降ろされるばかりか、俳優としての評判もガタ落ちになり、表舞台から姿を消す。乙部のりえの卑怯な手口を知った姫川亜弓は、「許せない…！」「見てらっしゃい…！」とメラメラ燃え上がり、乙部のりえに「役者として」復讐することを決意する。　普段は姑息な手段を使うことを最も嫌う彼女だが、今回ばかりは有名映画監督の父親のコネを使い、乙部のりえ主演の舞台「吸血鬼カーミラ」の準主役級の役柄をゲットする。　　　　　　
そして舞台本番当日、乙部のりえは姫川亜弓の演じ方が稽古のときと全く違うことに気づき戸惑い、全力が出せない。そう、姫川亜弓はこの日のために、稽古ではわざわざ実力を抑えて演じていたのだ！！　乙部のりえは姫川亜弓に完全に観客の注目奪われ、影が薄れてしまう。そしめ最後には白目をむいて膝から崩れ落ち、姫川亜弓への敗北と自分がマヤにしたことの愚かさを認めてしまい、物語から退場するのであった…。（美内すずえ「ガラスの仮面」17巻 白泉社より）

どうですか…？これ、ヤバくないですか！！！？さすがにガラスの仮面本編を読んだことがない方でもわかると思います、亜弓、北島マヤのために全力出しすぎ！！！！！マヤの仇を打ちのめしすぎ！！！！！…と。

姫川亜弓の最高エピソードはこの他にもたくさんあります、マヤのことをバカにする自分の取り巻きを一喝したり、マヤの天才的な演技に嫉妬し憎しみを感じるあまり、橋から落ちそうになったマヤを見殺しにしかけたり…。

先程書いたように、マヤと亜弓は互いの実力を認め、ライバルとして互いを強く意識している。しかし、特に姫川亜弓から北島マヤへの執着心には、度を越してものすごいものがあるのだ。亜弓は、作中で最もマヤを愛し、そして憎んでいる、宇宙を貫くクソデカ感情を抱く人物だと、私は解釈している。亜弓が北島マヤのあまりにも天才的すぎる演技の才能に執着し、自分の才能とのギャップに激しく苦しんでいるということ以外にも、彼女のマヤへの感情が恋愛のようにも読めることもある。姫川亜弓は、レズビアンなのかもしれない？　そういう読み方もできる。

もちろん作者には、姫川亜弓を同性を愛する存在として描く意図はないかもしれないが、姫川亜弓の抱くあまりにも大きく濃厚な、北島マヤへの愛憎入り混じった執着感情を目の当たりにしていると、私はそこになにか、希望のようなものを感じてしまうのだ。もしや、百合ではないジャンルで、しかも24年組の手によって、女から女への愛が茶化されることなく誠実に描かれているのではないか、と期待してしまうのである。

しかし、この解釈をおおっぴらに言うことにはなぜか少し勇気がいる。姫川亜弓のクィアな可能性を私が口にしたところで、誰も見向きもしないかもしれない。しかしながら、誰かによって、時には差別的な基盤を持った反論が投げかけられないかと不安に思ってしまうのだ。女同士の性愛・恋愛は、そしてその解釈は当たり前にあっていいはずのものなのに、なぜここまで抵抗感を抱いてしまうのだろうか。

それは、セクマイ、レズビアンや女性を愛する女性の存在がこの国においてないことにされているも同然の状況に起因することは言うまでもないだろう。

なにしろ、二代目スーパーマンがバイセクシュアルで、男性との交際をはじめたというだけで「ポリコレ侵略やめろ」「漫画の主人公のセクシャリティとか生々しいからやめてほしい」みたいな、ホモフォビアをうまく隠そうとして隠しきれていない反応が殺到するような国だしね。

3    レズビアンと漫画・オタク文化　

しかし、だからこそ声を大にして言わせてもらおう。クィアで何が悪い。クィアに読んで何が悪い。クィアのキャラを「意図的に」「わざわざ」登場させてなにが悪い、と。

スーパーマンははっきりとバイセクシュアルだし、姫川亜弓のセクシュアリティは明言されていない。だから、ためらわずに書かせてもらう。私は姫川亜弓がレズビアンだとしても何らおかしいことではないと。

4　女同士の恋愛の表象について

しかし、姫川亜弓のようなキャラクターや「百合」のような作品を見て女同士の愛憎だ！絆だ！とはしゃぐのはいいが、ちょっと落ち着いて考えてみたい。そういった文化によって何かが巧妙に覆い隠されてしまう場合がないだろうか？

具体的な作品名などは伏せるが、昨年の8月頃、某百合作家が「レズビアンなどの単語を出さないのは、彼女たちを特別な存在だと感じてほしくないからだ」のようなことをTwitterで呟き、炎上となった。この発言に対して批判をしていた人は少数派であったが、中には当事者という方も多かった。「レズビアン」という誰かのアイデンティティを表し、時には拠り所となってきた言葉を、マジョリティに「特別だと感じてほしくない」という理由で覆い隠す発言は、やはり不誠実だったように思う。もちろん、このことを肯定した当事者もいただろうが、同性愛差別がはびこる社会において、アイデンティティを表す言葉を隠すことが本当に良いことだと言えるだろうか？

これまでの百合文化にはただただ女同士の関係を、マジョリティの目を楽しませる「甘美で」「儚い」ものとして消費してきた側面があるのではないだろうか。現実のレズビアンの権利がまだ矮小な中で、ふわふわと浮かぶ「女の子同士の恋愛」の姿だけを消費してきた、その一方で「レズビアン」という言葉は覆い隠され、時には必要以上に性的なイメージを帯びさせられてきた。また、ヘテロセクシュアルの女性に「叶わない恋」をし、ヘテロ女のことを思い続け、報われなくてもヘテロをケアし、お役に立ってくれるマジカルゲイのように描かれてきた。

もちろん今までの作品たちがすべて現実の性的少数者を軽視していたと言いたいわけではないし、作品たちによって勇気づけられてきた性的少数者たちの存在を否定したいわけでは決してない。あくまでも私は、私達が百合だ女女だといってはしゃいできた彼女たちの姿に、マジョリティの勝手な、傲慢な願望ばかりが投影されてはいなかっただろうか、そしてその中に差別や軽視が含まれていたことは無視できないのではないか、という視点を提案したいのだ。

そして、私が姫川亜弓をレズビアンとしてガラスの仮面を読むときにも、無意識のうちに彼女のことを「ヘテロセクシュアルを思い続ける切なく儚い、美しきレズビアン」として消費してしまっていないか？ということを注視し続ける必要があることは、言うまでもない。

(注)　私の姫川亜弓の北島マヤへの執着を恋愛として読む読み方も、恋愛しない方や恋愛至上主義に抑圧されている方々をさらに抑圧してしまうかもしれません。亜弓とマヤのような女性同士の関係性を、友情や良きライバル関係として読む読み方を大切にしたい方もいらっしゃると思います。私は、そのことを精一杯尊重したいと考えています。

そして、もっと「恋愛」という一つの型に絡め取られない形の関係性を描いた作品も登場していくべきだと私も考えています。

そして、「レズビアン」というアイデンティティも、恋愛をする・している人のためのものだけではないことも留意しておくべきかと思います。恋愛をしていなくてもレズビアンの方は存在しているのに、独り身のレズビアンは透明化されてしまいがちである問題もあります。私の読み方は、「レズビアン=女と性愛している女」という定義を固定化してしまうかもしれません。

しかし、今回は、同性同士の登場人物の関係を恋愛・性愛として読むことは当然あって良いことだということ、「レズビアン」という言葉の重要性、女性同士の性愛をマジョリティの一方的な視点で都合よく解釈・表彰してしまっていることが多い現状について書かせていただくことにしました。

☆参考文献

美内すずえ「ガラスの仮面」白泉社